2009年4月24日金曜日

25.ベスト・オブ・カンタビーレ

朝は、クラシックを聴く。
バッハのアリアからグールドのモーツァルトのピアノ協奏曲という流れなのだが、
何故か今日は「ベスト・オブ・カンタビーレ」というコンピ盤の曲を聴いた。
このコンピ盤が何か説明はいらないと思うが、今は出てないというところにこんブログがこだわる理由がある。
コンピは新旧・邦洋の名曲を集める切り口として、癒し系から80年代からトレンディ・ドラマ楽曲から色々と企画されてCDが売れない昨今、結構いい商売だし、またながら族系の受身音楽ファンにとっては結構大事なものだ。
最近「ザ・ベストテン」というコンピ盤がでたが、そこにはテレビ局やレコード会社、音楽出版社やプロダクション等の大人の事情を汲んでまとめた偉人がいたのだろうという想像はつく。
そしてこの「ベスト・オブ・カンタビーレ」は、そのような調整前だったこと、そして公式盤のようなものが出たこと、そして演奏は見事な企画盤だったことはあるが、やはり大人の事情で消えたのだろう。
私が、コンピ盤を支持する理由は既に述べた。自由が丘の「きたー!」に似たバーテンのやっている赤いバーでかけているコンピ盤は最高だ。
その一方で、コンピ盤の限界も感じる。オリジナル音源では無いケースが多く、音質に限界がある。
またアルバムが最新ベスト盤になった現代にはあまり関係が無いが、かつてはアルバム毎のトータル・コンセプトが存在し、40分前後の時間で完結するものだった。
このコンピはかつての生活や出来事のBGMだったという記憶を呼び起こし、感傷に浸る道具にすぎないと思うからだ。企画もののAVの総集編と一緒で、全編アクメ状態でつまんないのです。前戯のない結びつきは味気ないのです。(最近は結びつきすらいいアラフォーですから)
三部作とかシリーズを発表順に読まないと気持ち悪い旧世代のこだわりかもしれないが、
村上春樹の三部作とか「ご近所」「天使」「パラキス」の順序がばらばらって、ちょっと気持ち悪いよね。
そして、もう1点、今回は海賊盤ではないが、海賊盤については許せないものだが、唯一の利点は、ユーザーのニーズを的確に反映し、ヒット商品のヒントをくれることである。
海賊盤天国には、夢のような商品がころがっている。これを提供できない作り手も反省すべきではないか?

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