2009年4月30日木曜日

31.いきなり青春プレイバック

同世代の人と話していて、話題になる番組が二つある。NHK教育テレビ「YOU!」と文化放送「ミスDJリクエスト・パレード」。
「YOU!」は糸井重里司会の若者情報番組で、その後の教育テレビの路線を変えただけでなく、テレビ番組の流れを決定づけたと思う。
その中のミニコーナー、唯一のVTR取材コーナーだったのが、「青春プレイバック」だ。スタイルは、各界の著名人とマリアン(後に荻野目慶子)が、青春の思い出の場所を訪ねるというもので、大体昔の下宿やアパートに行くのです。
さて、昨日、世田谷の北烏山でやっている「一衣舍春展 2009 一衣舍設立20年」(会場 『本覺山 妙壽寺 鍋島客殿』(区指定文化財)というのに、同居人のつきそい兼財布で行ったのだが、さすが「寺町」「小京都」という風情も楽しめた。
そしてバスで千歳烏山に異動。12年前、結婚する前に住んでいたアパートの前を通ったのです。
ベランダにはプランターをつるし、ガーデニングを楽しむ今の住人。相変わらず汚い外観だが、うまく住んでるものと感心し、まわりの変わったものに驚き、変わらないものに興奮した。
そして昔からある「紅茶の店・ケニヤン」でアイミティーを飲み、満足。(このお店は渋谷の公園通りの一歩入ったあたり、SHIPSの近くにもある。)アイミティーはアイスミルクティーだが、この甘くてすっきりした味は奇跡です。
そして変わったものは、新しいケーキ屋「ラ・ヴィエイユ・フランス 本店」で、ミルフィーユを買う。
甘いものばかりだ。
ちなみに、私の昔の夢は、「RYU’S バー」と「徹子の部屋」とこの番組に出ることでした。
小さい。

2009年4月29日水曜日

30.豚インフルの時代の恋

ガルシマ・マルケス『コレラの時代の恋』、スーザン・ソンダク『 隠喩としての病い エイズとその隠喩』、そして新型インフルエンザの時代に必要な文学とは何か?
感染源不明、世界同時的流行、そして経済的な打撃、そして生き残る人々による新世界創造だとすると、従来型の文学だ。
何が始まる?
おそらくそれは、ブログから発信されるはずだ。
その前に、自分の恋路は・・・。

2009年4月28日火曜日

29.No! Man ティーンの魂、百まで。

googleのブログを使用してはいるが、googleの「技術は善」という理想主義の結果、従来の文化を再編成するアプローチは詰まるところ、ameican styleだ。

米国でのgoogleと著作権団体との和解はその内容はどうであれ、class actionという和解方式は、米国法のやり方で、著作権法特有のものではない。

集団訴訟の場合、和解に不満な対象者が離脱の意思を表明しないと、和解内容に拘束される。

しかもそれが域外であるはずの日本の対象者にも及ぶというのである。日本は逆で、参加を表明しないと、利益を受けられないが、拘束もされない。「アメリカ合州国」と言われる国家らしいやり方だが、日本の作家が米国で出版されていないと言う事実が、即絶版状態であり、米国内での権利を喪失したと同じ結果を招き、さらにそれが世界中でも同様の結果を生むとしたら、これはやはり米国による「司法占領」だろう。しかもそれが技術の理想郷であるgoogleであるところ、かつてのユートピア米国の帰結と何も変わらない。

最も、国境自体が無意味化する現代(世界中が米国化したのかも)、著作権というものの国別の権利に意味があるのかということ、法管轄や準拠法という実務と直結する部分は、著作権法学のHOTなところだと思う。日本版検索エンジン開発のための複製を可能にするとか、日本版フェアユースだとかよりも重要な研究課題ではないだろうか。

最近読んでる少女マンガは、きらきらしたキャラがまぶしい。この輝きに「NO!」ばかり言っていたのか、あるいはチャンスを逃した男が得られなかったもの、日々、後悔し、せつなくなる。
その渇望から何が生まれるのか。

2009年4月26日日曜日

28.money for nothing

NHKスペシャル『マネー資本主義』を見た。
相も変わらず、事情を知る人物から証言を取る取材はNHKらしい。プレゼンターのいるCGスタジオは、海外の番組や民放の番組ぽい。(『ザ・コーポレーション』というドキュメンタリーを渋谷アップリンクで見たが、似た手法に見えた)
投資銀行の陥った穴については、わかりやすい。しかし金融商品全体に対する全否定だとすると間違いだ。
資本主義の唯一の意味・機能は市場の均衡に向かい、常に調整し続けるというプロセスなのであり、歪みや不均衡があれば、それを解消すべく、調整する動きがあるということだ。
その歪みや不均衡を含めた経済の日々の活動を追って、その流れで利益を上げていくのが金融機関なのである。リスクを取り、さまざまな形でヘッジしていく。その連鎖が切れたというのが、今回の金融危機だが、その中のプレイヤーの一部が歪みや不均衡の原因を作り、長年の積み重ねで、抱えきれない量にまで達していたということだ。より透明な市場ならば、もっと影響の少ない形で、もっと早く歪みや不均衡は解消していたはずだ。
「証券化」や「モーゲージ債」自体は悪くない。悪いのは、これを不当に扱った人間だ。
例えば、著作権の「証券化」は、エンジェルのいない日本では必要だ。
小室容疑者の著作権二重譲渡問題だが、民法の対抗要件でいまだ難問であることを考えると、あらゆる業界の売買取引で発生する問題であり、これを解決する理論は、画期的な発明なのである。それを法技術的に解決する手段のひとつなのだから、一部のファンドだとか金融機関の悪行のせいで、否定するものではない。
例えば、このブログで構想される「作品」の著作権を証券化する際には、次の問題がある。
1.著作権の内容が不明
2.著作物・著作権の市場価値が不明
3.作品の完成する保証がない
4.以上から出資者(金融商品の購入者)がいない。
しかし出資者と作者を仲介する者がいて、それぞれが相当なリスクを取り、納得できる利得を得る期待があれば、その仕組みをアレンジできるはずだ。この仕組みのひとつが「証券化」である。
全5回の中で、マネー資本主義を取り巻く群像だけではなく、最終的に、僕らひとりひとりが、プレイヤーとして、自己責任の範囲で、社会の厚生を増大させるべく、コミットできることを理解させてほしいと思う。
商品、金、そして食も。

2009年4月25日土曜日

27.editor's note

創作ノートというよりeditor's noteになりつつあるこのブログ。最近はリサイクルである。
リサイクル3である。
WILDSWANSのeditorというバックを買って、スーツを仕立てる一方で、リサイクル(廃棄に近いが)も続けている。
1.POWERPC7500
15年同居して、最近では単に置物だったデスクトップPCをディスプレーとセットで7,350円で処分。
ここまで放置したことに反省。データバックアップ等結局失敗したものも多数あって、早く着手すればよかったと後悔した。手順は、フリーダイヤルが通じなかったので、FAXで申し込み、2,3日して振込み票が来て、郵便局(銀行)で振り込んで、回収用の伝票が来るので、日本ゆうびんに連絡、2時間以内に回収。しかし両方とも箱もしくは梱包する必要があるが、旧式パソコンはここでも面倒である。しかも重い。
2.SONYのテレビ
現在使用しているものは、価格.comで購入したものであるため、買い替え下取りを利用しなかったのだが、これも面倒。買い替えでもないテレビを引き取りをお願いできるかどうか、電器店に電話するか、家電リサイクルセンター(区の清掃センターで紹介してくれる場合がある)と連絡する。そして引き取り日を決める。そして前日に時間を確定させ、それまでに玄関先にテレビを運ぶ必要がある。(名前その他の紙も貼っておく必要がある。マンションならば部屋番号)そして業者確認のうえ、料金支払い、5350円。(リサイクル料金と出張料金の合計)
まだテレビ台やBSデジタルチューナーは別途処理する必要有り。継続。
3.プリンター2台
POWERPC7500用のプリンターの処分と同時に現在使用しているプリンターも故障したので、これも各々粗大ゴミ代、280円。モデムその他の機器は通常の燃えないゴミにしたけど、ちょいと気になる。
4.冬物スーツとワイシャツ
スーツは今年の冬限りということで、着倒しました。
ワイシャツ2着は外出用に着て、パジャマとして4日着用しました。
これをコナカに持ち込み、割り引きチケットをもらう。これらは道路用の防音材にリサイクルされる。
これは最近流行の下取りセールの先駆けであるが、ほしいシャツはないので、購入はせず。
5.スラックスのリフォーム
とっても気に入っているが、ウエストがきついスラックスを「銀の糸」に持ち込み、ウェスト出し中。

以上だが、自分のしつこい性格がイヤになる。

26.WAO!

リサイクル2である。
R3の優先度というのは、reduce (節減)reuse(再利用) recycleである。
ただし個人レベルでは、資源・商品・サービスによって、reduce (節減)が有効かどうかというのは分かれる。エネルギーについては個人世帯の努力はかなり有効である。京都議定書以降、一般家庭の電力消費は大型テレビやPCの普及により増大している。せめてこの増加分を相殺するか、PCを上手く使って他の電力消費を削減する努力が必要だろう。それに依存するサービスについても、工夫が必要である。ネット通販やオークションは便利だが、資源消費には影響する。従来的な取引の方が効率がよかったかもしれない。このあたり地球・国家レベルの実験なのだから、シェアリング等の効率化が必要だ。いずれにしても市民レベルのアイデアやネットワークは、ポジティブに形成できる可能性がある。
しかし商品はどうだろう。20世紀型の流通構造、世界中から東京にモノが消費量以上に集まる構造が変わらなければ、効果はない。この新しい構造はエコをエコノミーと考えても相反することではない。
reuseについては、ファッションレベルではかなり行われている。古着である。また今や手に入らない高級素材である。しかし一番問題なのが、大衆服である。高収益を上げている服飾チェーンはどうアプローチするのか。オフセットではすまないだろう。また「都市鉱山」といわれるハイテク機器に使われる希少金属は回収率を高めるべきだ。
そしてrecycleである。これはこのために非効率なエネルギーを消費することが多いのだから、元々reduce 、reuseの最後の手段である。またreduce 、reuseを前提とした生産・流通するシステムが形成される必要がある。
ここには家族・社会・国家・地球という有機的な共同体が必要だ。
個人レベルの努力と人材の支援が必要だ。
支援したい人がひとりいる。

今年から井端の登場曲が変わった。ビートルズの隠れた名曲?しかし私はユニコーンの「WAO!」がいいと思うのだが。広島ファンの曲を、しかもWBC関連の曲をreuseだって?
いいものはいい!

2009年4月24日金曜日

25.ベスト・オブ・カンタビーレ

朝は、クラシックを聴く。
バッハのアリアからグールドのモーツァルトのピアノ協奏曲という流れなのだが、
何故か今日は「ベスト・オブ・カンタビーレ」というコンピ盤の曲を聴いた。
このコンピ盤が何か説明はいらないと思うが、今は出てないというところにこんブログがこだわる理由がある。
コンピは新旧・邦洋の名曲を集める切り口として、癒し系から80年代からトレンディ・ドラマ楽曲から色々と企画されてCDが売れない昨今、結構いい商売だし、またながら族系の受身音楽ファンにとっては結構大事なものだ。
最近「ザ・ベストテン」というコンピ盤がでたが、そこにはテレビ局やレコード会社、音楽出版社やプロダクション等の大人の事情を汲んでまとめた偉人がいたのだろうという想像はつく。
そしてこの「ベスト・オブ・カンタビーレ」は、そのような調整前だったこと、そして公式盤のようなものが出たこと、そして演奏は見事な企画盤だったことはあるが、やはり大人の事情で消えたのだろう。
私が、コンピ盤を支持する理由は既に述べた。自由が丘の「きたー!」に似たバーテンのやっている赤いバーでかけているコンピ盤は最高だ。
その一方で、コンピ盤の限界も感じる。オリジナル音源では無いケースが多く、音質に限界がある。
またアルバムが最新ベスト盤になった現代にはあまり関係が無いが、かつてはアルバム毎のトータル・コンセプトが存在し、40分前後の時間で完結するものだった。
このコンピはかつての生活や出来事のBGMだったという記憶を呼び起こし、感傷に浸る道具にすぎないと思うからだ。企画もののAVの総集編と一緒で、全編アクメ状態でつまんないのです。前戯のない結びつきは味気ないのです。(最近は結びつきすらいいアラフォーですから)
三部作とかシリーズを発表順に読まないと気持ち悪い旧世代のこだわりかもしれないが、
村上春樹の三部作とか「ご近所」「天使」「パラキス」の順序がばらばらって、ちょっと気持ち悪いよね。
そして、もう1点、今回は海賊盤ではないが、海賊盤については許せないものだが、唯一の利点は、ユーザーのニーズを的確に反映し、ヒット商品のヒントをくれることである。
海賊盤天国には、夢のような商品がころがっている。これを提供できない作り手も反省すべきではないか?