会社にいると、いろんな存在が必要で、自分がぶれた時に基準となる人、そしてとにかく話を聞いてもらう人が貴重だ。しかし私は3月に前者を失った。いまだに迷走するのはそのせいだ。
教育という言葉がほとんど学校教育という意味になった戦後、20世紀にあっては、仕事や遊びなど何でも教える人、育てる人がいるという事実を忘れている。もちろん教え、育てられる人がいる以上、教える人、育てる人がいるという事実がほとんど空気のようになっていることは悪いことではない。
また結局は、教え、育てられる人次第であることを考えるとその機能については、効率性よりも、何かを得たということ、それが些細なことでも十分だということの方が重要だ。
そして学校教育にしぼると、この世には教師だった人と教師である人と、「大部分のそれ以外の人」がいる。
『鈴木先生』の7巻を読んだ。「大部分のそれ以外の人」にはmust buyである。教師である人には出会ったら、読んだ方がいい。最後の教師だった人には、自分の過去が重くない人は読めるだろうが、そうではない人には劇薬である。
常々、先生という言葉は優しいが、「教師」という言葉はつらいと考えてきた。「教士」ではいけないのか、スキルを得て、試験に合格し、OJTで成長していく立場は会計士とか弁護士と同じだと思う。
「教師」がハマるのは、三流週刊誌の「豊満女教師が脱いじゃった!知性と裏腹な下半身」の中吊りくらいだろう。
2009年6月5日金曜日
2009年6月4日木曜日
2009年6月2日火曜日
66.本好きは幸せになれない?
大崎梢の『配達赤ずきん』を読む。
書店が舞台のミステリーで、知り合いから勧められたのだが、着眼点はよし。
しかし結末が無愛想なのはデビュー作ゆえか。
紀田順一郎の『古本屋探偵』のほうが好きだ。
特に女性キャラに魅力が無いかも。
書店が舞台のミステリーで、知り合いから勧められたのだが、着眼点はよし。
しかし結末が無愛想なのはデビュー作ゆえか。
紀田順一郎の『古本屋探偵』のほうが好きだ。
特に女性キャラに魅力が無いかも。
2009年6月1日月曜日
65.出版権って
googleの和解である。何となく作家については、これで落着。問題は出版社だろう。
エージェントに替わり、版権管理、そしてメディア展開まで曖昧な契約でやっているのが、日本の出版社である。このあたりの権利関係が捨象される和解について、うまく考えないと今後のビジネスが難しいのではないか。
googleの高速スキャンでデジタル化される元は書籍なのだ。
書籍に関わる人は作家だけではないだろう。
編集者・出版社の権利関係を整備するべく、動いたほうがよいではないか。
今日は若くて尊敬できる人の誕生日だ。
まだアーティストなのか企業家なのかわからない。
でも頑張れば、何とかなる。
エージェントに替わり、版権管理、そしてメディア展開まで曖昧な契約でやっているのが、日本の出版社である。このあたりの権利関係が捨象される和解について、うまく考えないと今後のビジネスが難しいのではないか。
googleの高速スキャンでデジタル化される元は書籍なのだ。
書籍に関わる人は作家だけではないだろう。
編集者・出版社の権利関係を整備するべく、動いたほうがよいではないか。
今日は若くて尊敬できる人の誕生日だ。
まだアーティストなのか企業家なのかわからない。
でも頑張れば、何とかなる。
登録:
投稿 (Atom)