2009年4月7日火曜日

8.やさしいキスをして

「こうしてるだけでいい」
最近は、キス願望が強い。
香里奈と玉木宏のキスシーンにため息をもらした。
やさしいキスって何だろう。
「作品」ではこのあたりの描写というよりも、少し変わった目線で、描きたい。宇宙船目線の男女のキスとか。
日曜にみた2本の映画が偶然そんな気分になった。

『ウォッチメン』
戦闘シーンや血の描写はどうにかしてほしいが、冷戦終了とともに役割を失うヒーローたち。
火星に佇むヒーローの背中に漂う哀愁にたまらなくなった。
『チェンジリング』
アンジェリーナの演技や体型だと無理だと思う設定である。
セリフ回しやサイボーグのような体形はアクション向きである。
しかしイーストウッドはさすがだ。
「リアル・ストーリー」というクレジット、そして悲惨な展開にやりきれなくなるが、
ノンフィクションなんて甘いものではない、辛口のフィクションに仕立て上げた。
この残酷な世界では、罪を犯すものも人間であれば、罪を許せないのも人間。
また神と対話し、贖罪を願う死刑囚も人間である。
人間への愛とは許すことなのか。

『へうげもの』の各回のタイトルは、名曲のタイトルになっている。
連載時には気づかなかったが、いい遊びだ。
著作権を弄ぶ感じがいい。
ミスチルの歌詞を利用(引用ではなく)して、もしくはリスペクトされて時代小説を書いたら、微妙に刺される。しかし章題にタイトルならば、読者への挑戦状になる。

2009年4月6日月曜日

7.リサイクルも半端か。

本をバカ買いしたので、欲しいもの&行きたいところを我慢する男。
生活にもR3を実践できるかのトライアルは続く。
Reduceは買わない、飲まない、間食しない。
Reuseについては、15年前のジャケットの肩パットを外して、ラインを改造できないか、考慮中である。
(「銀の糸」に持ち込もうと思っている)
Recycleは、読んだ本は、とにかくブックオフとアマゾンで売る。ワイシャツもコナカに出した。スーツも青山かアオキに出すつもりだ。しかし結局礼服とスーツを作ったし、シャツも増えた。
そして本日の下取り日記。
まず冬物フィールドコートと靴をリサイクルに出すことにした。
55品目のIY堂は、3,000円以上の買い物が条件であるが、現金500円。
スーツ・コートのイ○ンは、買い物は必要ないが、1点500円の商品券。
17時に品川で映画を観ることにしたので、大井町でIY堂、品川シーサイドのイ○ンとする予定だった。
しかし、同居人を新宿に送り、池袋で本をバカ買いしたら、北の国のミサイルで仕事モードになったため、渋谷西武の地下でふく茶漬けというわけにいかなくなり、予定変更してGAPで電話待ち。
結局無事終了したので、ふく茶漬け、そして代官山のタブロイドニュースとまわっていたら、帰宅したのは3時。
そして少しテレビを観ていたら、15時30分。大井町に着いたのは、16時過ぎになっていた。(150円)
イ○ンにいくのはあきらめ、IY堂で下着・靴下で3,000円というのでも悩み、A4ファイルを加え、3,098円なり。下取りコーナーを探すのにも時間が費やし、もう16時38分。そして冬物フィールドコートを下取りで500円。あせって京浜東北線で品川へ。(ヤマダの来店ポイントも稼げず。160円)
ここからが何とも情けない話になる。
映画の一本目はプレミア劇場で、2,500円!(カップルシートでひとり!)
居酒屋で食事のあとは2本目。これはレイトショーなので、600円引き。
2本目をみおわって、行きと逆で帰るので、310円のはずが、大井町・自由が丘間の切符を失くして、さらに150円。駅に同居人が置きっぱなしにしている自転車でかえるはずが、鍵を忘れ、タクシーで890円!(Co2は?延滞料金は?)
捨てるプリンターは粗大ゴミで200円×2で400円。
映画代や交通費を除くと3,798円。これじゃあ欲しいものが買えない。「京味のお椀」をいつギフトにできるのか。
次のリサイクルはスーツ編。

2009年4月5日日曜日

6.歌うテクスト、笑うトマト

「オオカミの桃」という美味くて高いトマトジュースがある。

『ブラザー・サン シスター・ムーン』
80年代の青春。三角関係。この奇蹟の時間にめぐりあえたか。昔は欠乏感ばかりだった。今は確かにあったと感じることができる。そんな小説だった。
セックスはあるのに、セックス描写がない。
退廃的なのに、退廃がない。
そんな今のケータイ小説の対極にある作品だ。
『はじらひ 含羞 我が友 中原中也』
羞恥心は変換できるが、含羞はがん州となるノートPCにまずは絶句。
これも三角関係、ちょいとBL系のコミック。モーニングの連載にはたまにこういうのがあるようだ。
小林秀雄がマイブームということもあり、関連書を読んでいるのだが、今は品切れだったので、アマゾン・マーケットプレイスで購入。ちょいと高い。
小林秀雄と中原中也、そして女優の卵の三角関係というのが表面的な関係。しかし実は、秀雄と中也の愛憎に周囲が振り回されている。中也は秀雄との関係を「詩人と批評家」に固定しようとしたが、秀雄には、そんなものではない感情があった。

『明智左馬助の恋』
アマゾンといえば、出品すると即売れるのが加藤廣で、売れないのが浅田次郎である。
さて、本能寺三部作もさすがに明智側だとネタ切れか。『へうげもの』以来、織部に興味を持っていることもあり、本能寺の変も謎のひとつだが、その時までの歩みが今回はあまりに平凡だ。おしい。
しかし、「信長の野望」を左馬助と狩野永徳の対話で語るあたり、すごい。
安土城の日と月、暦との関連とは。

『夕映え天使』
売れない浅田次郎の最新短編集。酒を飲んだ勢いで読んだので、ほとんど残らない。
人生が引き算という側面があることを気付いた自分には、リサイクル対象か。

『駅弁ひとり旅1』
九州一周の駅弁旅。アクションは時折、すごい作品があるというが、この情報量がすごい。
手元に残したい。

5.燃え上がるテクスト

「塔」の中にはテクストの断片があふれている。
18世紀のコルセットの付け方から、21世紀の新米主婦の料理日記まで集まっている。
かのJ.L.ボルヘスの「バベルの図書館」はコンセプトだったが、Googleの事業は、その状況を実現しつつある。アメリカの出版界との和解はその歩みを着実なものにした。
テクストがマラルメのように生成され、その肉声・表情を世界中の人々が感じる時代に、著作権なんて無意味だ。
No copyright , But works!
作者が作品を生むのではなく、作品が作者を選ぶ。
もしくは作者がなくとも、作品は存在する。

2009年4月4日土曜日

4.バベルの図書館

「老作家」の「塔」には古今東西のあらゆる物語の断片が集められている。ここでは時間という観念は何の意味もなく、ただ物語の断片が一つの作品となる死の瞬間だけが存在する。ここにも対称性の揺らぎは存在するから、何らかの化学反応が起きる瞬間には、物語の断片が揺らいだ時である。
「老作家の」の作品は、作者とか読者とか、言表とか言説とかの秩序が崩壊し、エネルギー反応を起こす。そして作品は生まれ、死ぬ。
だから「老作家」にはゴーストライターであるとか、偽作であるとか、盗作であるとかという観念は全く意味はない。「塔」にこのシステムを形成してから、作品を生み続け、そして死ぬのを眺めてきただけだ。
そしてこの宣言は、「老作家」自らが、作品となることを意図する。
このシステム自体を物語とし、それに支配されるのか、支配するのか。
そして「塔」は崩壊するのか。メタ・フィクションである。
著作権法的には、著作者だけが、このシステムのプレイヤーである。
「著作物を創作する者をいう」(著作権法2条1項2号)
そして創作プロセスについては、法は観念しないから、他には第14条に「著作者名として・・・・・・表示されている者は、その著作物の著作者と推定する」とあり、第75条の「実名登録」でも推定される。
ゴーストライターについては、著作権を譲渡した者と考えるか、法人著作物の従業者とみるか、講学上の争いがあるが、判例が存在しない以上、決め手はない。
また物語の断片の対称性が揺らいで作品が生まれるというシステムは文学論の範疇であって、法学の対象ではない。著作権法の判断とは審美的なものではなく、あくあまで財産上の争いなのである。
ここに著作権法の限界がある。

2009年4月3日金曜日

3.妄想するより金をくれ

ある作家の言葉がずっと気になっている。
作品を読めば、その作家が女にもてるかどうか、すぐわかる、と。
当時、高校生であった私は、ただただ、戸惑った。もし彼の言葉が本当なら、自分の作品は、そんなもてない男の戯言にしかならないのか。また、その作家はどちらだろう。
この言葉に今でも縛られている。答えが知りたい。もしかすると、意外と常識なのか。友人とかまわりの男にはそんなこと、話題にしたことはない。恋人には怖くて聞けなかった。
Barで口説きたい女の何人かに尋ねると、全員が全員、「その作家はどちらだと思う?」と逆に質問を返してくる。サメのようなといわれた行動と対照的に、おたくっぽい風貌を思い浮かべて答えた。
「たぶん、もてないと思う。」
その後、一瞬の沈黙。実は、もてるかもしれない。もてないのはそんな質問をする自分ではないか。
そして話をかえる。しかしその後の話も弾まない。何となく店を出て、二度と飲むこともない。
そんなことを繰り返して、いまだにわからない。だからこんな質問は今はしない。よほど話が転がらないときだけだ。
なぜ自分がもてないかは、今ならわかる。
相手の何気ない一言にはっとなり、すぐ結末を急ぐ。男と女のミステリーは謎解きだけではない。
その舞台設定、技巧を二人で味わうものだ。一人だけでは美酒にならない。

作品を読めば、その作家が女にもてるかどうか、すぐわかる。
ちなみに、この言葉はある作家との対談での発言なのだが、その相手は「……」。
そして何年か前にこの言葉を発した作家に会って、尋ねたら、こんな答えだった。
「さあ。でもそんなこと言ったかな」

2.プロジェクト再開

この作品は、ある老作家が死のふちに横たわり、自分の作品が何人かのゴーストライターによるものであることを明かす。そして彼の遺産をゴーストライターに配分することを宣言する。彼の終の棲家となる「塔」にゴーストライターを集める。
遺産を受け取るには、自らが真の作者であることを証明できたものだけである。